こどもと一緒に ひろがる暮らし
ものづくりと 暮らしをつくる 日々の日記
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凹む。
どこに向かって行くんですか?という感じ。
どこに?

その道は違っていると、わたしは、思う。
思わない人が、多いことに、多すぎるという事実に、衝撃を受けた。
心底。

心のどこかで、自分と同じように、違う、と意思表示する人が
実は、実は、たくさんいるんじゃないかと、
実際、身近にたくさん、たくさん、いるんだから、
もっともっと、いっぱい、大きな声になるんじゃないかと。 

思っていた、自分が、間違いだったということを突きつけられた感じで。

あーあ。

原発も、戦争も、遺伝子組み換えも、すべて受け入れることで
こんなメリットがありますよ、なんて宣伝されると、まあいいか、それならいいかもしれない。
なーんて。
思ったりするもんなんだろうか?

ホントに。
思ったりするもんなんだろうか?


凹む。。。

あーあ。










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 無意識の中では、自分も棘を持っていて、時にはそれは武器になるんじゃないかと、
いつでもその時がきたら、身をまもれるようにと、その棘を、
心の奥の方で尖らせているのかもしれない。

あの人はきっと、いつもそうなんだろう。
久しぶり、だけど、相変わらず、といった感じの表情で。
日々、乾いた草むらを、慎重に、忍び足で歩いているのに、
歩く度、自分の足音が気になり、自分へと怒りが向かってしまう。
その心の矛先は、どこへいつ、噴き出すのか。
それとも、気まぐれに鎮火するのか。

棘を持つあの人が、標準をこちらにむけたのがわかった。
それだけで、ずきんと心が重くなったのだけれど、
その直後、現れた、修理屋さんというシゴトをするその人は
無口で、すぐに的確にシゴトを終わらせ、帰りに一言だけ穏かでな口調で言葉を繋ぎ、
その一言で、きれいさっぱり、私の重くなった心まで元通りに治し、
あっという間に帰って行った。

心の棘を人しれず鋭く鋭く、磨き続ける人。
刺抜きを心の奥に持っている人。

言葉を自在に操るあの人と、口数の少ないその人は、
言葉の奥に大きな違いを含んでいた。

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日々の種

カテゴリーをひとつ、増やそうと思います。

”日々”
ひび。はこどものこと、日々の出来事。
その中に一緒くたに埋め込まれていた、自分が今、思うこと、独り言のようなものをまとめる為に
新たに”種々”
しゅしゅ。というカテゴリーを作ります。

ふと思ってしまうこと、考えてしまうということが、暮らしの種なんだと思う。
想いだったり、願いだったり。日々の中にあって、目にみえないかたち。
きっとあれもこれもと欲張って作ったスクラップブックのように、
つぎはぎだらけだけで、読みずらいだろうけれど
”今”をちょっと記録してみよう、というあらたな気持ちも込めて。。。

しかし、パソコンは相変わらず不調続きです。
突然更新できなくなるかもしれませんが・・・(汗)

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夏の間、ひとつひとつ、咲いては枯れて、咲いては枯れて。
しばらく咲かないから、もうおしまいかな、と思っていたけれど、またちいさな花が、咲きました。
・・・まだまだ、咲くね、と思っていれば、もっとたくさん、咲いてくれるかな。

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今一番、探しているもの
岩手の友人から今年もお米が送られてきました。

同封された手紙には
「今年もお米を収穫することができました。
放射能汚染も心配していましたが、検出されませんでした。
安心して今年も収穫できたことをうれしく思いました。」と書かれていました。

本当に良かった。。。という思いと、切ない気持ちが混じりあう。。。。

朝一番に会ったすぐ側に住む友人が、秋田の米を頂いたと言う。
ガイガーカウンターを持っている友人にこれから来て測定してもらう予定だと言う。。。

食の安全。
食の安全。
食の安全。

今一番、探しているもの。




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月を見ながら

 昨日の夕方、買い物帰りに見た空は濃紺で、ぼうっと光る月がとても映えてみえた。

市内から40分の道のりをラジオを聞きながら、ひとりで車を運転しながら帰った。

3連休は一日を休息に当て、一日を友人たちを誘って芋ほりをして過ごし、最後の一日は公園で遊び買い物をして終わった。

なんだかあたりまえに、ごくごくふつうに過ごして、帰りみち、夜の食卓はどうしたもんかと考えながら走ってた。

6時になり、J-WAVEでは”緊急企画”と言って、アフリカの深刻な飢餓について特集をしますと言っていた。

”緊急”。

そう、一刻を争うほどの飢餓が猛烈な勢いで広がっていると。
日本の東京の人口に匹敵するほどの人数が苦しんでいると。

わたしが知ったのはいつ頃だったっけ?

まいにちまいちに、今日は何をどう食べようかと考えるばかりで
何も食べれない人たちのことを考えることを後回しにする自分がいる。

・・・そんなことをどこまでもついてくる月を見ながら思った。




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インディアンからの手紙
 この間、「ホピの予言」という映画の上映会を友人宅でやるというので見に行ってきました。

原発問題で揺れる今だからこそ、ウランがホピの暮らす大地から掘り起こされているという現実を
知ることの重要性を感じます。
進歩、進化を突き進むみちとは異なる歩み方もある。
ホピの祈りとメッセージはシンプルで力強いものでした。

10月15日(金)にも午前10時半から小鹿野で上映会が行われます。
参加費600円で誰でも閲覧できます。
昼食付き。
上映会後、監督の奥様の辰巳玲子さんが来てお話しして下さいます。
 
興味のある方はメールにてご連絡ください。




・・・・・・・

そして、自宅に戻ってから読み返した絵本があります。

『父は空 母は大地』(パロル舎 1995) 寮美千子/編・訳、篠崎正喜/画

とてもわかりやすく、やさしい言葉でインディアンの自然への想いが綴られています。
インディアンから白人大統領へ宛てた100年以上前の手紙が原本になっています。
少し長いですが、転写します。

............................................................................
ワシントンの大首長へ
そして
未来に生きる
すべての兄弟たちへ


1854年
アメリカの第14代大統領フランクリン・ピアスは
インディアンたちの土地を買収し
居留地をあたえると申しでた。
1855年
インディアンの首長シアトルは
この条約に署名。

これは シアトル首長が大統領に宛てた手紙である。
............................................................................


はるかな空は 涙をぬぐい
きょうは 美しく晴れた。
あしたは 雲が空をおおうだろう。
けれど わたしの言葉は 星のように変わらない。

ワシントンの大首長が 土地を買いたいといってきた。


どうしたら 空が買えるというのだろう?
そして 大地を。
わたしには わからない。
風の匂いや 水のきらめきを
あなたはいったい どうやって買おうというのだろう?

すべて この地上にあるものは
わたしたちにとって 神聖なもの。

<中略>

わたしの体に 血がめぐるように
木々のなかを 樹液が流れている。
わたしは この大地の一部で
大地は わたし自身なのだ。

<中略>

川を流れるまぶしい水は 
ただの水ではない。
それは 祖父の そのまた祖父たちの血。
小川のせせらぎは 祖母の そのまた祖母たちの声。
湖の水面にゆれる ほのかな影は
わたしたちの 遠い思い出を語る。

川は わたしたちの兄弟。
渇きをいやし
カヌーを運び
子どもたちに 惜しげもなく食べ物をあたえる。

だから 白い人よ
どうか あなたの兄弟にするように
川に やさしくしてほしい。


空気は すばらしいもの。
それは 
すべての生き物の命を支え 
その命に 魂を吹きこむ。
生まれたばかりのわたしに
はじめての息を あたえてくれた風は
死んでゆくわたしの
最期の吐息を うけいれる風。

だから 白い人よ
どうか この大地と空気を
神聖なままに しておいてほしい。
草原の花々が甘く染めた
風の香りを かぐ場所として。


死んで 星々の間を歩くころになると
白い人は 
自分が生まれた土地のことを 忘れてしまう。
けれど 
わたしたちは 死んだ後でも
この美しい土地のことを 決して忘れはしない。
わたしたちを生んでくれた 母なる大地を。

わたしが立っている この大地は
わたしの祖父や祖母たちの灰から できている。
大地は わたしたちの命によって 豊かなのだ。


それなのに 白い人は
母なる大地を 父なる空を
まるで 羊か 光るビーズ玉のように 
売り買いしようとする。
大地を むさぼりつくし
後には 砂漠しか残さない。

白い人の町の景色は わたしたちの目に痛い。
白い人の町の音は わたしたちの耳に痛い。

水面を駆けぬける 風の音や
雨が洗い清めた 空の匂い
松の香りに染まった やわらかい闇のほうが 
どんなにか いいだろう。
ヨタカの さみしげな鳴き声や 
夜の池のほとりの 
カエルのおしゃべりを 聞くことができなかったら
人生にはいったい どんな意味があるというのだろう。

わたしには わからない。
白い人には なぜ
煙を吐いて走る 鉄の馬のほうが 
バッファローよりも 大切なのか。
わたしたちの 命をつなぐために
その命をくれる バッファローよりも。

バッファローが 殺しつくされてしまったら
野生の馬が すべて飼いならされてしまったら
いったい どうなってしまうのだろう?
聖なる森の奥深くまで
人間の匂いがたちこめたとき
いったい なにが起こるのだろう?


獣たちが いなかったら
人間は いったい何なのだろう?
獣たちが すべて消えてしまったら
深い魂のさみしさから 人間も死んでしまうだろう。

大地は わたしたちに属しているのではない。
わたしたちが 大地に属しているのだ。

<中略>

ひとつだけ 確かなことは
どんな人間も 
赤い人も 白い人も 
わけることはできない ということ。
わたしたちは結局 おなじひとつの兄弟なのだ。
わたしたちが 大地の一部であるように
あなたがたも また この大地の一部なのだ。
大地が 
わたしたちにとって かけがえがないように
あなたがたにとっても かけがえのないものなのだ。

だから 白い人よ。
わたしたちが 
子どもたちに 伝えてきたように
あなたの子どもたちにも 伝えてほしい。
大地は わたしたちの母。
大地にふりかかることは すべて 
わたしたち
大地の息子と娘たちにも ふりかかるのだと。


あらゆるものが つながっている。
わたしたちが この命の織り物を織ったのではない。
わたしたちは そのなかの 一本の糸にすぎないのだ。


生まれたばかりの赤ん坊が
母親の胸の鼓動を したうように
わたしたちは この大地をしたっている。
もし わたしたちが 
どうしても 
ここを立ち去らなければ ならないのだとしたら
どうか 白い人よ
わたしたちが 大切にしたように
この大地を 大切にしてほしい。
美しい大地の思い出を 
受けとったときのままの姿で 
心に 刻みつけておいてほしい。
そして あなたの子どもの 
そのまた 子どもたちのために
この大地を守りつづけ
わたしたちが愛したように 愛してほしい。
いつまでも。


どうか いつまでも。

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この先の、先の未来。

あなたは、原発に反対ですか?

その恐怖は数値で測れるかもしれないけれど、目には映らない。
頭では理解できても、視覚に頼る生活に慣れたわたしたちの心の反応は鈍い。

日々は

はたらくこと。
たべること。
やすむこと。

そこから離れては安らぐこともできない。
だから、日々を精一杯生きて。
日一日が過ぎていく。

けれど、わたしは、そう遠くない未来が心配です。


そう遠くない未来を思い描くとき、

医学は劇的に進歩して、白血病は過去のものとなっているのかな。
化学が劇的に進歩して、世界はすべてクリーンに戻っているのかな。

この先の、もっと先の未来も思い描いてみる。

今から必死になってお金をたくさんたくさん蓄え、
子々孫々と残せば、”その時”何か異変が現れても
”その時”を生きるいのちにとって、生きづらい、からだやこころは癒されるのかな。
金銭的に余裕があれば、自然は買える時代へと変化しているのかな。



目にはうつらない、現実。と 想像するしかない、この先の未来。
足並みが揃わないまま、ガラガラと時間が流れてしまう。


この先の、先を見つめる選択をしたい。
この先の、先を切り開く選択をして欲しいと思う。






NHK「フクシマ後の世界」7/9(土)19:30〜放送予定。
原発の是非のアンケートを事前に取っています。
是非声を寄せて下さい!
http://www.nhk.or.jp/genpatsu/

Moms to Save Children from Radiation
こどもをまもろう
http://mscr.jp/?eid=71


 

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